兄の介護日記//ワクチン後遺症と闘いながら!生きるということは、美味しいご飯を作り、楽しく美味しい食事をする。

『まずは食事をする!』父の教えです!

予防接種法15条は健康被害が生じた際の健康被害救済措置を定めています。

私の兄は令和3年2回目の接種後脳梗塞を発症したのち令和4年3回、4回接種後脳炎脳漿を発症。令和5年より在宅介護をしています。

令和5年3月区役所へ予防接種被害制度の申請受理

令和5年5月区役所より福岡市へ申請

令和5年7月福岡市より東京の厚生労働省へ予防接種被害制度の1回目の申請。

令和7年1月否認の結果が届く。

令和7年4月区役所へ2回目申請受理

令和7年6月区役所資料が完成して福岡市役所へ!

令和7年12月福岡市役所にて審査が始まる

令和8年2月福岡市役所審査が終わり東京の厚生労働省へ申請

この気が遠くなるような申請の現状を、『なかなか申請は通らない!』『国は認めない!』と、想定内と答えていいのか?

要介護5となり人生がひっくり返った兄の人生!

なんてこった!

第二次世界大戦で長崎は焼け野原になりました。父の世代は『今』を作り上げてくれました。

その父が『まず食事をする』、明るく食事をすることを厳しく教えました。そして、ちっちゃな頃!涙を流して食べていると、この教えを娘に教えた父がいました。

予防接種の否認の知らせを見た時、1ヶ月の間『死んでしまいたい!』『これからどうしたら良いのか?』『兄の介護を明るく毎日できるだろうか?』本当にネービーな深い海の底へ堕ちていました。

なんてこった!

父の教えが耳に聞こえて、『まず食事をする!』『明るく!』『笑顔を忘れない!』

生きるということは『楽しい食事をすること!』そして、闘うことは生きる事。笑って闘ってやる!今日の出来事の結果に私ができて闘えることは『笑顔を忘れない!』これなら私にできる!

強くなってやる!でないと介護は出来ない!

今日のヘルパーさんと笑ってシャワー浴を兄はしていました。兄も強くなっています!笑うことは強くなる事。

戦後の父や祖母や祖父の真似ができるように、明るく笑って過ごす。

私は記事を書き、みなさんに読んでいただいて、フォローしていただいて、いいね!を記事に頂くと元気になれます。

現在私は記事を書くことで笑顔になれる。本当にありがとうございます。

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