Stop Crying Your Heart Out / カニの大群の復活を夢見て

黒瀬川の河川工事

一年ぶりに故郷に帰ると河川工事をやっていた。

家の前に位置してる川は私たち黒瀬に住む住民の財産。

昔は川の水を中心に生活をしていた沢山の話を母に聞いている。黒瀬は集落の真ん中に川が通り左右にそれぞれ小さな村が生まれている。黒瀬には海を背にして左右同じくらい家が密集し漁業と農業を営み暮らしていた。豊富な漁港でキビナゴやイカが有名です。

我が家は山に近い川上に位置してる。それでも海まで歩いて5分。

せせらぎの川の音と田んぼと山は一体化して雄大で、戸を開けて目に耳にそれを感じる。

戸を開けて、帰ってきた実感を味わうため、いつもまずはこの雄大な風景を見るのが私の楽しみ。窓を開けて!

『ただいま!』と呟く。

でも、今回は戸を開けると工事のための車などが視界に入りいつもと違っていた。

残念だな!と思いながらしばらく眺めていて、あることが浮かんだ。滞在中にやり遂げないと!と、携帯を探した。

『富江の山手の長浜ですが、今我が家の目の前で黒瀬川の工事をしている件でお話があります。係の方をお願いします。』と、後藤市役所交換の方に話し、

『担当にお繋ぎしますね。』

『はい!私が五島振興局建設部河港課河港班の坂下です。黒瀬川の工事の件ですね。』

『実は、我が家の目の前に位置している川の工事ですが、今橋の下の辺りから草を刈って工事をしている所まで車が通れるようにしていますね。工事が終わるとそのあとの事を教えてください。』

『今車が通れるように上に板を置いてますね。工事が終わると板を取りそのままです。』

『工事が終わると板は取りそのままの状態ですか?また草が生えてお生茂り何年か経つと木が育ち人が通る道路の姿はなくなりますよ。』

『そうですよね。』と、返事をして考えている様子が電話に伝わる。

『私のお願いは元の姿にしてほしい。以前道はセメントで舗装されていました。この今の川の30年前はセメントで舗装された道で川上に水源地があり、そこまでお散歩したり、子供たちが遊びに行っていました。』

「蛍の季節は蛍!」と、言葉に力を入れ私は続けた。

『一番はカニの大群がセメントの道を歩いてました。』

『蛍がいたんですか!かにもまだいますか?』と、坂下さんは驚いた。

『満ち潮と同時にカニがセメントの道に上がってくるんです。見事な風景でした。』『今でもいるんでしょうか?』と、感動した様子で尋ねてきた。

『カニですよ!沢山生存しています。草むらでもいるし、我が家の畳の上にも出没します。私はセメントの道を歩かせたい!あれは見事です。』と、昔見た感動を込めて、そこに住む住民の声で私は伝えた。

『現地を見に行きますね!』と、坂下さんは返答してきた。5月連休明けに現場で打ち合わせをする約束となった。

私は準備もせずいきなりお願いした形だったので、あまり期待はしていなかった。時間はかかるだろうと想定していたので、スタートの対応がよい形で電話が終わりホッとした。

私の祖父は大工の棟梁さんで石を土台にして家作りをしていた。石の並べ方に祖父の美学がそこにあり、一目で祖父の仕事だとわかるらしい。

祖父の仕事には美学があった。

その影響で私は石にも興味があり、庭造りや、この河川工事には以前から関心があり調べていた。

国土交通省は工事にこの美観に寄り添う工事へと変更している事を知ってもいたので、今回の長崎県へのお願いは強気でできた。

どこに行っても道端は草が生え、地球温暖対策には植物が多い事が良いのかもしれないと考える時もある。

当日、三人で我が家に訪れた。川を見ながら私は『今のこの川は美観に寄り添い、自然を壊さない工事の時代ではありません。30年前の工事です。』と、話し出した。

『目的は川幅を大きくして災害に対応する目的だったと思います。台風が来て大雨になっても、大潮の満ち潮と重なっても田んぼに水が入らない事が目的だったと聞いています。』と、話しだすと頷く。

『台風の時は心配がなくなり、川のそばの我が家は安心です。』と、言って小さい頃の話をした。

田んぼと川の境目がなくなり辺り一面が泥水となり、満ち潮の勢いは川上に波となっていた。私は初めて中国の黄河をテレビで見た時に、この幼い時に見た泥水に一面がなり水源地に向かって上へ上へと波が昇る風景を思い出した。

幼い時に見た、まるで海のようになっている目の前の波のうねりの光景が黄河と重なった。

我が家の外壁は災害と共に工事を繰り返してきた。父は帰国するたびに災害に向けて時代に合わせた工事をした。

そばで見ていると工事をする大人達が楽しそうに見えた。工事の後は環境が変化していくので楽しくもあり、騒々しくもあった。そういう話を一緒に同行した20代の若者にしてあげると不思議な顔で聞いている。

おそらく想像できないのでしょう。無理はありません。

今の川の姿は30年前に工事されて、今の川を見ながら以前の風景の話をしても想像することも難しい世代の若者たち2名。

かろうじて坂下さんは昭和の風景を知っているので頷きながら、納得された。

黒瀬は砂浜もあり、江尻の海岸、隣にはあまやすの海岸と黒崎の海岸がすぐ隣にある。険しいいけんさこの浜と少し足を伸ばすと丸子の浜もある。

それぞれに海岸の違う特徴をもち、とれる貝類や小エビ、タコや磯釣りが楽しめる。子供の頃は海に遊びに行っていた。

そして、この黒瀬川が流れている。長い川には子供の遊び場が宝庫で甥っ子たちは夏休みの旅に来て、我が家の下の大きな石と石の間に隠れるメダカやカニやお玉杓子と遊んでいた。甥っ子達は川で遊んだ思い出を大人になっても思い出す夏休みの楽しい思い出らしい。

この我が家の下の川はうなぎが取れることでも有名で、昔はうなぎを手で捕まえて遊んでいた。

大西洋にエルニーニョ現象が起きてから地球の変化が著しくなった。この川にも変化を感じた。

ずいぶん昔、田んぼに使われる農薬でうなぎが大量に死んでいたことなど話しても想像できないだろう。

『うなぎの稚魚が獲れていて、稚魚を捕まえて売る人もいた。ここは自然の宝庫だったんですよ。』と、私が話すと驚いて聞き入っていた。

そして、私は自然との触れ合いがここ田舎でさえ少なくなってきている事に驚いていた。ここの自然はいつまでも変わらない。変わることは無いと思っていた。

田舎だから変わらないと、故郷を離れると願いもあった。いつまでも変わってほしく無いと願う。

都会にいると自然に囲まれる贅沢な故郷を誇りに思える。かつて父が世界を航海していた頃、美しい暮らしやすい島と表現していた。

何不自由ない時代になり、水道が普及して川と共に生活する光景が無くなった事や、水害が減った。そして、自然に生きる生物の姿を見かけることが減った。

私が願う!カニの大群を甦らせるために!まずは、道をセメントで舗装してもらいたい。自然界の生き物の為にもなる道を作ってもらう活動が動いた。

今年の秋に来年の予算計画が決定する。そこでこの件を定義してもらうことを約束して頂いた。私は、長崎県の県庁の土木部河川課担当の近藤さんへ連絡をして自然を守る為に道を舗装して欲しいと願いを伝え、工事の予算を計画に入れると返答を頂いた。

即、五島振興局の担当坂下さんへ連絡をして県庁の近藤さんからの返答を伝えた。これで、私は道の舗装工事が始まるまで希望を持ち続けて行こうと決めた。

後日担当の坂下さんより連絡がきた。『今年中の工事は難しいですが予算が決まると4月に工事が始まる予定です。』と、うまく行くと年内現在の工事が終わり継続で取り掛かれるか打ち合わせしますとのことだだったので、

『一度に全部出来ませんから何回かに分ける事になるでしょう。道の舗装は300万円かかるでしょう。左右の道の舗装と我が家の下の国の土地のセメント工事だと、何回かに分けてする事になるでしょう。決まりましたら連絡します。』と、坂下さんは説明した。

『私は道の舗装と我が家の下の国の土地を工事して頂く計画が審査に許可が出来予算が決まれば嬉しいです。3年かかっても良いです。下の土地の管理に関しては年々大変ですから。』と言うと、『現地を見てわかりました。県庁に電話をして話して頂いたので、予算はもらえるでしょう。』と、確信した坂下さんの口調だった。我が家の下の国の土地の管理も年々大変なことも伝えたのだ。同時に3箇所の工事を国に頼み、自然を守るという大義名分を使った。

『カニの大群が見れますね!』と、私が言うと、『楽しみですね。私も見たいです。』

『また、秋に福岡から連絡しますね。予算が決まるのを確かめたいです!』と、告げた。

カニの大群と蛍やうなぎ!蛍とうなぎは目にはなかなか発見しづらいけど、カニの大群は発見できる。自然の姿を下の近い状態に戻せる。自然の生態系に戻せる。

わざわざ長靴を履いて川に入らなくても、濡れないように準備をしなくても自然が起こす現象の雄大さをもう一度この川で見たい。希望を持ち続けないと!と、目の前に見える川を見ながら誓った。自然の生態系に戻す!希望を持ち続けたい。

Stop Crying Your Heart Out !

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