二つ上の兄に起きたアクシデント

こんにちは
何か良い事があると、何か?不運なことが起きる!

そして人生にはまた良い事が起きる。人生を長く生きていると先人のいう事がわかるようになろ。納得!と、うなづく事が起きる。

世界中でコロナが不運を作った。兄にもコロナは襲った。コロナワクチンを打ったことで脳梗塞と脳炎が襲った。ベッドで寝たきりとなり、外出は通院の時に車椅子と介護タクシーで移動する。

我が家は介護生活の毎日。兄の楽しみはテレビ。昨日は猿の惑星をシリーズで鑑賞。60年?前の『猿の惑星』は、チャールトン・ヘストンの魅力にハマった作品の一つです。映画館ではないけどテレビ放映で見て、確か小学生の頃映画俳優に夢中になった。ファンの私が観たいから無理矢理に兄も一緒に3シリーズ見た。

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土曜日兄のみたい番組はなく妹に付き合うしかない。いつもなら外出してるはずだけど今は仕方ない!兄です。

兄は脳梗塞と高次脳機能障害で神経が上手く動かない。

要介護四の状態で介護ヘルパーさんに日曜日以外毎日入ってもらい身体介護を手伝ってもらっている。私もヘトヘトの毎日で介護に飽き飽きして、解放されたいのが本音です。多発性脳梗塞のため毎年救急車で運ばれ入院と退院を年数回繰り返しています。

国には予防接種被害制度というコロナワクチンの被害という申請はしていますが、初めての認められませんでした。否認という知らせを申請して2年待って今年の1月30日に受け取りました。ショックは計り知れず前に進む気持ちに立て直すに時間は必要です。再度、再申請を資料集めて申請を6月に区役所に届けしませた。

一つの病院では10センチのカルテなど費用は10万円になりました。ある病院の事務係の誤った判断で4ヶ月かかったり、兄のかかった7つの病院の資料集めは大変でした。区役所の担当の女性の方が親身となり励まし寄り添っていただいてなんとか6月中旬に終わり、区役所から市役所へ送られました。市役所の審査会で審議されて国の厚生労働へ行きます。

そこから何年かかるかわかりません。また2年かかるのか?1年なのか?国が言うように4ヶ月から長くて一年なのか?待たせないとは言っていますが?期待しません。一つの通過点で、人生は続きます。申請が容認されて『コロナワクチンの被害で後遺症が要介護4の状態です』、経済的に少し良くなっても介護はしなきゃいけません。

人生は変わらない。2年待っている時には考えれなかった。人生は変わらない。人生をどう生きるか。国の結果は人生を変えてくれない。そして、因果関係の立証は難しいという理由で容認の確率は少ない。期待せず、諦める。やるだけのことはやった。まだやることがあるなら後で考えよう。

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兄は『なんでも鑑定団』を見ています。お昼はカレーうどんを食べてるので満腹。兄は寝てばかりの人生を消して受け入れてはいない。複雑だと思います。

私も受け入れられてなく複雑です。母を在宅介護して母の最後を看取り、そして今。複雑です。自由な時間の確保が難しく、物書きさえ時間の確保が難しい。暗い時もあれば、明るく前を見て過ごせる時もあります。世界を襲ったコロナの産物はなんなんだろう。

夕食どきの兄はいつも以上に動きにくいのか機嫌が悪い。そして、いつも以上に私も疲れている。介護で疲れても明るく接している妹に辛くあたられると、今日は自分の時間を持ちたくなる。だからと言って、外出するわけでもない。せめて、シャワーと自分の部屋でゆっくりと夕方の時間を過ごしたい。

ささやかな贅沢。介護をすると時間があまり取れず自分を見失う。母の時は無我夢中で介護をした。親孝行をあまりしていなかったから、母の最期だけは決めていた。後悔はたくさんあるけど精一杯した。

親孝行のための帰郷は、私を花の講師の資格を取ることに導き、日本語の講師の資格にも導いた。五島で仕事をするために他にも沢山資格を取った。輸入会社に勤めていた時にアクセサリーを扱っていた経験から、アクセサリー作成の仕事も取り入れた。

一番は旅行会社JTB中部とツアーのオプションを企画した。九州商船の営業の方の尽力が大きい。そして、JTB中部の女性部長さんの感性ある賛同が成功した。五島の草花を素材にしたブリザーブドフラワーは女性のお客様、男性のお客様にも大好評。目をキラキラしながら作成する男性のお客様は出来上がると大喜びします。始める時には嫌そうにしていても夢中になります。統計的に嫌そうにしている方ほど夢中になり作品の完成度は素晴らしい。指導する私の声にも耳を傾けてくれて、感性したら大喜びします。

皆さんシニアの裕福な方で男友達で遊びに来ている方が多く!あとはシニアご夫婦の友達同士!世界各国日本全土旅行して五島にだけ未だ!という方が多かったですね。私のお花のお教室で作品を作った思い出と出来上がった自分の作品がお土産になるので喜ばれました。

母はいつどうなるかわからない末期の肝硬変でした。肝癌にいつなってもおかしくない状態と医師に告げられた時から五島に夏のお盆、年末のお正月に帰省することを決めて実行しました。1年の半年を福岡、半年を五島で母と過ごす。いろんな岐路に立たされ、いろんなことが起きたけど親孝行は周りの人の協力が大きく良いことばかりでした。

良いこともあれば、悪いことも起きる。悪いことが去ると良いことが待ち受ける。山あり谷あり、アップダウンを繰り返す。

先ほど兄がリモコンを取ろうと初めてベッドから椅子に移動して、畳に腰を下ろす動作に挑戦したようです。

私が記事を書いていたときに挑戦したようです。2度ほど呼び出し鈴が鳴り、思いっきり無視を初めてしました。妹は無視を初めてして、兄は勇気を出してリモコンを取るために身体に指令を出したようです。初めて畳に腰を下ろして、そのあと正座しようと動かせず、四つん這いも何もできず側の座布団に頭を置くことができてくつろいでいました。

高次機能障害に強いニューロン作り強いシナプス作る薬はないとのことで、リハビリしかないそうです。必死な気持ちになるしか?ない!以前退院する条件は我が家の階段8段を昇ることと伝えて、必死になる状況を作って試したことがあり、兄は数週間で病院の階段の練習をしました。車椅子の移動と病院の廊下を3メートル歩行補助機を使って介助の方と歩くのがやっとできるようになった兄が階段の昇り降りに挑みました。

必死になる条件が兄の性格に合って挑んだようですね。そして、兄の挑む姿勢に付き合ってくださったリハビリの先生の存在が大事です。感謝しかありません。『厳しいけど最後まで付き合ってくれて終わったあとはマッサージを丁寧にしてくれた!』と、兄は教えてくれました。集中力が切れないように厳しくしてくださった先生に感謝です。


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