遠い昔の家族の物語

昔々

遠い昔

小さな少女は周りの大人が騒ぐ中

大丈夫

大丈夫、と大人の肩を叩きながら

大丈夫、大丈夫!

父ちゃんは大丈夫!

何となくその時の大人たちがいつもと違う光景を覚えている。母が語る、父が海外のどこかで遭難した時の話だ。

私は2歳か3歳、母や祖母が狼狽えている姿を見て、安心させようと肩を叩いてみた。その瞬間、顔を近づけてぽつり、甘えながら何度も繰り返した言葉が心に残る。

「大丈夫!」と言ったこと自体は覚えていないが、父の安否が何故か分かる、子どもだけが持つ不思議な能力が確かにあった。私は父の安否がわかった!その事だけは、今でも鮮明に思い出せる。

少し成長すると、父は私にこう教えてくれた。「何があっても堂々としなさい」と。私は、父に災難が起きてもその教えを守り続けた。

父は、私にお土産を約束し、遠い空を見上げながら、父の帰りを待つ。空を仰ぎ見ることで、父と同じ空の下にいることを喜んだ。

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「お土産は何かな?」

あれから随分と時間が経ち、父は他界し、もう二度と戻らない。必ず戻ってくるはずだった五島の家に出航したまま、帰港しないのだ。

しかし、不思議な能力は今も時折聞こえてくる。父が私を呼ぶ声が、娘に届くように私の名前を叫ぶ。

あの時も、聞こえていた。大海原の船の上で、娘の名前を叫ぶ父の声が浮かんでいた。

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遠い、遠い昔。娘は、父の声を聴いていた。

まだ上手く話せなくても、彼女は微笑みながら言った。「大丈夫、大丈夫。」その言葉は、彼女の周りの大人達の不安を払拭するかのように、温かい光を放った。

彼女の言葉は、聴く者に安堵を与え、大人達の不安も少しずつ和らいでいくようだった。

「大丈夫、いつか上手く話せるようになるから。」彼女は、自分に言い聞かせるようにそう続けた。心の奥底には不安と緊張が残っていたが、少しずつ成長している自分を感じていた。

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祖母は孫が不憫に思い、空を眺めて教える。

『父ちゃんも同じこの空を見てるよ。』『世界のどこかの海の上を船に乗ってお仕事しているよ』

孫が空を見て喜ぶ姿を、祖母は帰国した時に教えたそうです。1歳や2歳の頃から祖母は私に父の存在を教えてました。そばにいなくても、いつも見守っていることを毎日のように伝えていました。

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祖母について触れよう。祖母は妹と二人姉妹で家の跡取りとして育てられ、家業を継いだ。昔の話で五島藩の御殿医の先祖。貧しい漁村の島民と助け合いながら生活をしていた。ある島民の借金の保証人となり、財産が無くなった。

村一番の貧乏となった祖母は父に、「あたま、あたま、勉強しなさい」と言って育てたそうです。父は村一番の貧乏から、村一番の秀才に成長した。

そして、村一番の正統派の温厚な人。五島の中でも福江島の富江町の黒瀬は荒くれ者が多いということで有名。父の友人は様々で、正統派の理論が通じない人も多い。その通じない人でさえも、父を慕い尊敬し、帰国すると遊びに必ず我が家にやってきました。父の友人であることをおじさんたちは誇らしく思っていました。それは、お茶を運びおじさんの前に置くときに挨拶を私にしてくれるのです。

道ですれ違うときのおじさんのいつもの温かい陽気な挨拶とは違い、紳士のような雰囲気が出ています。あの有名なおじさんでさえ、紳士になる。

村一番の貧乏であっても、明治生まれの祖母は父を立派に育てた。終戦時の大変な中、父は海外航路の資格を取りキャプテンとなり海外に行っていました。英語を話し、英語の文章で国の代表としてお仕事をしていても、五島に帰ると故郷の黒瀬の言葉で話していました。時々、海外電話の声が黒瀬の発音になっていました。『通じるんだ!』と父に言うと、『文法をしっかり勉強しなさい!』と返答がきました。

祖母は自慢に想い、父は祖母を大事にしていました。母は父が不在の中、祖母と一緒に子供たちを育て、祖母を頼りにしていました。母方のおじいちゃんおばあちゃんも

祖母を年上でもあり尊敬して慕っていました。よく夕飯を一緒に食べていて、あの日も囲炉裏を囲み歌を歌い録音して、録音を再生して聴いて騒いでいました。祖母の昔の歌は子供には楽しくて楽しくてしょうがなかった。それから祖母は風呂に入り、風呂場で倒れて兄と母が布団まで運びました。何が起きたのかわからない私は明日はいつもの朝がやってくると思っていた。翌朝、心不全で眠るように息を引き取りました。母に数年後に聞きましたが、父はある港で知らせを受け取り強いお酒を飲んで眠りについたそうです。祖母は、自慢の息子を育てて幸せだったと思います。大人になった孫の私は、祖母の写真を見るとあの楽しい囲炉裏を囲んだ時間を思い出します。


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